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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
老人はそんなけぶりもみせなかったが、段のほうで気づいたのだろう、やがてその訪問は少しずつ遠のき、そしてどこかへ移転していった。
段が引越していってまもなくたんば老の家へ泥棒がはいった。老人の家もまた戸閉りがない、雨戸は閉めるが鍵は掛けないから、どんな駆け出しでも楽に忍び込める。泥棒は家の中がさっぱりと片づいているのに、吃驚したことであろう。抽出し付きの箱を見て、金箱と誤認したものか、それを抱えて逃げだそうとした。老人は眼をさまして、泥棒のすることを眺めていたものか、そのとき初めて声をかけた。
「きみ、それは違うよ」老人は低い声でやわらかに囁きかけた、「それは仕事の道具箱だ、金はこっちにあるよ」
泥棒は足を停めて振返った。たんば老の低い声と、やわらかな口ぶりが彼をひきとめたようで、それでもまだ逃げ腰のまま、「なんだと」と凄んでみせた。
「いま出してやるよ、たくさんはないがね」たんば老はやはり囁き声で云って、静かに起きあがり、とだなをあけて財布を取り出した。古くなって擦り切れた革の財布であったが、老人はそれを持ってゆき、そのまま泥棒に渡した。
「いまはこれで全部だがね」