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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
躯は丈夫なほうだが、朝起きてめしの支度をするときに、ああまた同じことをするのかと思うと、躯から精がぬけてゆくようで、七厘の前にしゃがんだまま、三十分の余もぼんやりしていることがある。なにを喰べてもうまくないし、これが喰べたいと思うようなこともない。たまには女の子の酌で一杯やりにゆくのがたのしみだったけれども、このところずっと、女を遠くから見るだけでも、胸がむかむかする。特に銭湯へいったとき、自分の裸の躯を見る不愉快さはたとえようもない。痩せているとか、干からびて皺だらけだとかいうのではなく、躯そのものが醜悪でけがらわしくてやりきれなくなる。
「まあそんなようなことを並べるんだな、きれいさっぱり死んで、自分をこの世から消えてなくしちまいたいって」とたんば老は云った、「そこであたしが茶箪笥の抽出しから粉薬を一服出して来て、これは彫金の地金に混ぜる薬で、一般には売っていない劇薬だが、飲んで一時間たつと頓死する、ちっとも苦しまずに死ねるから、本当に死ぬ気ならお飲みなさいと云って、湯呑に水を注いで来て渡した」
その年寄は礼を云って飲んだ。あんまり思いきりがいいので、こっちが吃驚したくらいだが、年寄はそれで気がおちついたものか、問われるままに身の上話を始めた。