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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

否、たとえ四十か五十のふけた男でも、それほど勇猛心のある人間がいるとは思えない。すなわち、孝さんは逃亡し、お琴は泣いて亭主に謝罪し、あまりロマンティックではないこのロマンスは、終りを告げたのであった。

「ええ、うまくいきました」と曾根隆助は事がおさまったあとでたんばさんに云った、「五人の子供と腹の子を付けてやると云ったのが当ったんですな、荷物もなにも置きっ放しでとびだしてったきりです、お琴のやつも、子供たちのために勘弁しておくれってって泣きましてね、――へえ、やっぱり御相談に来ていいことをしました、あのせりふはみごとに効きましたよ」

お琴はこの出来事をどのように自己処理したものか、その後もけろっとして、長屋のかみさんたちに平気でくってかかり、どなりちらし、叱りつけたりするのであった。孝さんとのことは殆んど知らない者はなかったのだが、当のお琴だけがそんなことは夢にもなかったようにふるまうので、さすが口達者なかみさんたちも、舌鋒の持っていきどころがないようであった。

いま、われらの「街」は眠っている。くまん蜂の吉はどこかへ移っていったが、たんば老の世話になった人たちの多くは、この長屋内のそれぞれの家で眠っている。