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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
半助は夜具の中で伸びをし、大きな欠伸をしながら、躯のどこかを掻く。――とらに呼びかける声も囁くようだし、欠伸をするにも声は出さない。起きて夜具をたたみ、戸納へそれをしまうにも、殆んど物音をさせない。これらはすべて、大切な重病人が側に眠ってでもいるように、注意ぶかくひそやかにおこなわれた。――それから着替えをして井戸端へ出るのだが、たてつけの悪い格子と雨戸をあける音だけは、半助にも防ぎようがなかった。
「腹がへったかい」と彼は七厘でめしを炊きながら云う、「待ってろよ、もう少しだからな、とら」
とらはにゃあとなくが、口をあけるだけで声は出さない。小さなニュームの鍋でめしが炊きあがると、同じような小鍋で味噌汁を作り、そのあいだに漬け物を出し、お膳の支度をする。いまは田舎でもみかけない古風な、蓋付きの箱膳で、中に食器がはいってい、蓋を返して箱の上にのせると、そのまま食膳になった。終れば食器は布巾で拭いて、元のように箱の中へしまうから、勝手までいって洗うてまが省けた。半助はきれい好きなほうだが、それでもときたま、布巾を洗うだけで満足していた。
とらは半助の側をはなれない。