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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
極めてこまかい仕事とみえ、片方の眼に時計屋が修理のとき使うような、筒形の拡大鏡をはめ、机にのしかかって、慎重に、入念に細工を進めるのである。そのようすは、なにかの仕事をしているというより、荘厳な神事でもおこなっているというほうがふさわしくみえた。――仕事のあいだも物音はたてない、錐を使い各種の鑿、糸鋸の類を使っても、殆んど音が聞えないのだ。小刀で象牙を削るときには、ごくかすかに、やわらかな擦音が出るけれども、それでさえ側へ寄って、じっと耳をすまさなければ聞えないのであった。
それはよほど大切な、しかも秘密な仕事なのだろう。「小屋の平さん」でさえ、それらの道具を見たことはない。平さんが来れば部屋へとおすが、どこへどう隠すものか、頑丈な小机以外にはこれといって眼につく物はなかった。平さんのほかに部屋へとおす者は絶対にないし、中通りの六ちゃんが来ても、切貼りだらけの障子を少しあけ、顔を半分だけ出して話す、というのが常のことであった。
なにをするにも音を忍ばせ、食事のときに箸の音さえたてず、ひっそりと息をひそめているような生活の全部は、すべてその仕事をするためのトレーニングであるようだ。