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きせつのないまち
季節のない街
山本 周五郎
「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页
とらはこの店の入口へ来て、どっかりと腰をおろし、てんぷらを貰うまでは動かない。客がはいろうとすると、じろっと睨んで牙を剥きだすのである。なにしろずう躰がすばらしく大きいし、サッカーのボールほどもある顔で、牙を剥き出しながら睨まれると、たいていの者がはいりそびれてしまう。しっしっ、などと追ったぐらいでは動かない。水をぶっかければすばやく脇へよけるが、すぐにまた入口へ坐りこむのである。
初めのころだったが、小僧の一人が竹菷でもって打つまねをしたところ、身をおどらせて小僧の胸にとびかかり、四肢の爪で掻きむしったり噛みついたりした。
「いやだよう」と小僧は悲鳴をあげた、「おっかないよう、ごめんだよう」
ほかの小僧たちや主人、息子などがとびだして来ると、とらは敏捷に逃げてしまった。
小僧はかなりな傷だったので、すぐに近所の医者へやった。医者は傷の手当をしたのち、「鼠咬症というやつがあるから猫咬症なんてこともあるかもしれない」と云い、なにかの有効な注射を打ったそうである。――幾日かおいて、とらはまた平然とあらわれ、そんなことがあったかしらん、とでもいうような顔つきで、店の入口へ腰を据えた。