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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

六ちゃんは電車へ乗り、まず名札を札差に入れ、ハンドルをコントローラーのノッドへ篏め込む。そして右手で制動機のハンドルを掴み、左廻しにがらがらと廻してみてから、次に右へがらがらと廻し、制動機に故障のないことを慥かめる。これらの動作は毎日きちんと、狂いのない順序で行われるし、六ちゃんの顔には、どんなに優秀な運転手よりも敏感そうでするどい、しんけんそのものといった表情があらわれるのであった。

「さあ」と彼は呟く、「発車しようぜ」

そして制動機をがらがらとゆるめるのだが、これは右手で掴んだハンドルを放して、右の腕をちょっとあげればいい。すると制動機はがらがらと巻き戻るのであった。

人は六ちゃんのことを「電車ばか」と呼ぶ。

六ちゃんはばかではなかった。ひとびとの意見にさからうようだが、彼は幾人もの専門医の診察によって、白痴でもなく、精神薄弱児でもないことが、繰り返し証明された。彼は小学校を出ている。だが初めから終りまで、なんにも勉強しなかったため、各学年の修業免状も、卒業証書も貰えなかった。彼は学齢に達したとき小学校にはいり、六年かよって小学校を出たのだ。