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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

「岡田伸弥の家族の方ですね」とその男は息苦しそうに、喘ぎながら云った、「いま昏睡状態で、係り官が来るでしょう、お会いになってもわかりませんよ、ぼくは院長の大豊です、とよはゆたかという字です、表に看板が出ていますが、まあお掛けなさい」

母はおろおろ声で容態をたずねた。大豊院長は診察衣のポケットから、くしゃくしゃになったタバコの紙袋を出し、へし曲った一本のタバコを抜き取ると、こんどはあらゆるポケットを捜したのち、聴診器といっしょにライターをつかみ出して、ようやくタバコに火をつけた。

「なにしろ頭蓋骨折で、手足にも骨折があるでしょうね、心臓も肥大しているな、酒の飲みすぎだと思うが、ここへ担ぎ込まれたときにはもう意識不明でした、ああ、本人は苦痛も感じていなかったと思う、頭蓋骨折だからね」

「しかし」と辰弥が反問した、「住所姓名は云えたんじゃないんですか」

「それは違うね、まったく話が違うね、ああ」と院長は云った、「あの患者は意識不明のまま担ぎ込まれて来たんだ、さっきも云ったとおりね、係り官は聞いたかもしれない、たぶん係り官が事故現場へ駆けつけたときには、まだあるいは口がきけたかもわからん、しかしここへ担ぎ込まれて来たときは、意識不明で口をきくどころじゃなかった、はっきり云えばだな、丸太ン棒を放り出されたみたようなもん