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どんぐり
寺田寅彦随筆集 第一巻
寺田 寅彦
寺田寅彦『寺田寅彦随筆集 第一巻』。同一底本的分册已合并为一书。收入:どんぐり、科学者と芸術家、旅日記から、竜舌蘭、花物語、芝刈り、球根、簔虫と蜘蛛、ねずみと猫、物理学と感覚、先生への通信、病院の夜明けの物音、病室の花、丸善と三越、自画像、春寒、春六題、田園雑感、写生紀行、笑い、案内者、断水の日。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 203,161 字 · 412 页
もう一つのねずみがどこへかくれたか姿を消してしまった。何も置いてない玄関の事だからどこにものがれるような穴はない。念のために長押の裏を蝋燭で照らして火箸で突っついて歩いたがやはりそこにもいなかった。ただ一か所壁のこぼれたすみのほうに穴らしいものが見えたが光がよく届かないのではっきりしなかった。それが穴だとしてもそれを抜けてどこへ出られるかという事が明瞭でなかった。もしやだれかの袂の中へでもはいっていやしないかと思って調べさせたがもちろんそんな所にはいなかった。なんだか不可思議な心持ちもした。小さな動物に大きな人間が翻弄されたというような気もした。ここでもし徹底した科学的の方法で明白な論理を追跡して行きさえしたら、直ちにこのなんでもないミステリーは解けたであったろうが、少しはばかばかしくもなってきたので、この目前の、明らかに物理の方則と矛盾したような事実を、仮定的な「長押の裏の穴」で「説明」し、ごまかしてしまった。もっとも科学の方面でさえもこれに似たような例がないとは言われない。明るみの矛盾を暗い穴へ押し込んで安心している事がないでもない。もしこれができなくなったら多くの学者は枕を高くして眠られそうもない。