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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

「あんな風にしていらっしゃったら、しまいにはほんとうに気狂いにおなり遊ばすか、体をお損じ遊ばすか、………」

と、乳人は蔭で云い暮らしていたが、そう云う父が、それほど溺愛していた酒を、或る時からふっつり止めてしまったのであった。

滋幹は、父がどう云う動機から酒を断つに至ったのか、その間の事情を詳かにしないのであるが、彼がそれに気が付いたのは、

「お父さまは近頃殊勝におなりなされて、一日しずかにお経を読んでいらっしゃいます」

と、乳人が彼に語ったことがあるからであった。思うに父は、母恋しさに堪えかねて、酒の力で紛らそうとしたのであったが、酒では到底紛らしきれないことを感じて、佛の慈悲に縋ろうとしたのであろうか。つまり、「頭陀の法を学ばざれば、前よりの心安んぞ忘るべけん」と云う白詩の示唆に従った訳なので、それは父の死ぬ一年ほど前、滋幹が七つぐらいの時のことであった。その時分になると、父はもう狂暴性がないようになり、終日佛間にいて、冥想に耽るとか、看経するとか、何処かの貴い大徳を招いて佛法の講義を聴聞するとか、云うような日が多くなったので、乳人や女房たちは愁眉を開いて、どうやら殿も落ちついておいでになった、あの御様子なら安心ですと云って喜んでいたのであったが、しかし滋幹には、そうなってからでも矢張何となく近づきにくい、