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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页

青空文庫

だん/\夜も更けて来て、人々の寝支度をする物音が聞え、やがてひっそりと局の中が寝静まった様子であったが、その時不意に、平中の凭りかゝっている戸の内側に人のけはいがして、カタリと懸金を外す音がした。

はてな、と思って試しに遣戸に手をかけて見ると、訳なくする/\と開いてしまった。あゝ、さては今夜はかの人も心を動かして願いを聴き届けてくれたのかと、平中は夢のような気がして、嬉しさにわなゝきながら恐る/\忍び入り、戸の懸金を内側から掛けた。中は真っ暗で、たった今人の足音がしたように思えたのに、その辺には誰もいるらしくもなく、たゞ夥しい空薫の香が局のうちに一杯に満ちていた。平中は闇の中を手さぐりで一歩々々進みながら、かの人の閨とおぼしいあたりへ漸く這い寄ることが出来たが、こゝらであろうと見当を付けてまさぐると、衣を引き被いで横に長く臥している姿が手に触った。ほっそりした肩つき、可愛らしい頭の恰好、まさしくかの人に相違ない。髪を撫でゝみると、しなやかな毛の房々としたのが氷のように冷めたく触る。

「とう/\逢うて下さいましたね。………」

こう云う場合にふさわしい台詞のいくつかは、常に用意している筈の彼であるのに、今夜はあまりに思い設けぬことだったので、咄嗟に兎角の文句も浮かばず、不覚にもわな/\するばかりで、辛うじてこんな