轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
しょうしょうしげもとのはは
少将滋幹の母
谷崎 潤一郎
「毎日新聞」毎日新聞社、1949(昭和24)年11月16日~1950(昭和25)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 页
か、此の間のあの話を、代りに披露してやるぞ、などゝ云って脅迫する。平中はいよ/\べそを掻いて、拝まんばかりの恰好をして、
「御勘弁を/\」
を繰り返すのであった。
夜はすっかり更け渡ったが、宴はいつ終るとも見えず、馬鹿騒ぎは一層盛んになって行った。左大臣は又「我が駒」を謡い出して、
待乳山
待つらん人を
行きてはや
あはれ
行きてはや見ん
と云いながら、しまいには伸び上るような風をして御簾の方へ秋波を送った。それから誰かゞ「東屋」の文句を謡ったり「我家」の文句を謡ったりした。
「押開いて来ませ、我や人妻、………」
「鮑さだをか石陰子よけん、………」
「りらららりるろ、………」
そのあとはみんな勝手に、てん/″\ばら/\に好きなことを我鳴り散らして、誰も他人の云うことなんぞに耳を傾ける者はなかった。
国経の取り乱し方は一段と甚しかった。坐っていても倒れそうになる上半身を辛うじて支えて、
「玲瓏々々老いたるを奈何にせん」
と、まだあの文句を世迷い言のように口号むかと思うと、誰彼の区別なく傍に来た者を掴まえては、
「愚老はたゞもう忝うて/\、………こんな嬉しいことは八十年来………」
と云いながら、ぽろ/\涙をこぼしつゞけた。