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にじ
彩虹
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館 、1946(昭和21)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,898 字 · 28 页
一
一
「……ひと夜も逢わぬものならば、二た重の帯をなぜ解いた、それがゆかりの竜田山、顔の紅葉で知れたとや……」
さびのあるというのだろう、しめやかにおちついた佳い声である。窓框に腰を掛けて、柱に頭をもたせて、うっとりと夜空を眺めていた伊兵衛は、思わず、
「たいそうなものだな」
と呟やいた。彼の足許へ身を寄せるようにして、色紙で貼交ぜの手筐のような物を作っていたさえは、
「なにがでございます」
と眼をあげた。そういう表情をするとふしぎにしおのある美しい眼だ。
「あの唄さ、たいそうな声じゃないか」
「ほんとうに佳いお声でございますわ、脇田さまでございますか」
「そうだろう」
伊兵衛はしずかにうなずいた。
「小さいじぶんから、なにをやっても人の上に出る男だったが、あんな俗曲にもそれが出るんだな、さすがの蜂谷が音をひそめているじゃないか」
「お顔が見えるようでございますね」
さえはそう云ってくくと笑った。
「……それにしても今夜は皆さまずいぶん温和しくていらっしゃいますのね、蜂谷さまだけでなく村野さまも石岡さまもまるでしんとしていらっしゃるではございませんか」
「脇田の帰国を祝う催しだから遠慮しているのだろう」