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にじ
彩虹
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館 、1946(昭和21)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,898 字 · 28 页
「……たしか知らせた筈だがな、相手は安藤対馬守家の江戸屋敷で」
「おれの問に答えてくれ、桃園のむすめはどうする積りなんだ」
「どうするって、妻を二人持つわけにはいかないよ」
「それが返辞か」
刺すような伊兵衛の視線を、宗之助はさすがに受けかねたらしい、眩しそうに脇へ外らしながら、
「そうだ」
と云った。
「よし、ちょっと立て」
伊兵衛はそう云いながら自分から立った、宗之助はちらと伊兵衛を見た、そしてしずかに立った。伊兵衛はその眼をひたと睨んでいたが、大きく右手をあげ、宗之助の高頬をはっしと打った。力の籠った痛烈な平手打である。宗之助の上身はぐらっと右へ傾いた。
「これが古い友達の別れの挨拶だ」
伊兵衛は抑えつけたような声で云った。
「……貴公は貴公の好むように生きろ、おれはおれの信ずる道をゆく、ひと言云っておくが、正しさというものを余り無力にみすぎるなよ」
そしてそのまま大股に去ろうとすると、うしろから宗之助が、
「樫村」
と呼んだ。
伊兵衛は廊下に立止まって振返った。宗之助はじっとこちらを見た、なにやら色の動いている眼つきだった。
「……二人の仕合せを祈るぞ」
低い声でそう云うと、宗之助は元の席のほうに帰った、伊兵衛もそのまま踵を返した。