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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
吉川英治『忘れ残りの記』。同一底本的分册已合并为一书。收入:忘れ残りの記、年譜。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 193,050 字 · 383 页
泣く餓鬼どもを台所でどなっている。こいつあ、たいへんな貧乏長屋だ、しまッたと思ったが、もう追いつかない……」というような自嘲の人生揶揄を書いていた。
間に合わなくては仕方もないが、出来ることなら誰でも直木のように一応ヘソの穴から外をたしかめてから出て来たいだろう。ぼくの場合は、直木家のごとく、ほかにピイピイいっている者はなかった。ぼくの生れる前の一女子国子は生後まもなく亡くなっていた。ぼくは父二十九、母二十六という若夫婦の間に生れ、前に一女を失っているので「こんどは失くさないように」と哺育は大事にされたらしい。
といっても、母は多産の方で、ぼくをかしらに七人も生んでいるので、大事にされたといっても、あとのヒヨコが続々出て来ないまでの間であったろう。老いての後の母のくりごとといえば「おまえ達の小さいうちは、乳にも背中にも膝にも、たかられていて、一ぺんでも落着いて御飯を喰べたことはなかったよ」という育児の苦労ばなしが大半で、またそれをぼくらが聞いてやるのが母には何よりの慰めのようであった。
ぼくの生れた当時の両親は、横浜の根岸に住んでいた。その頃はまだ横浜市ではなく、神奈川県久良岐郡中村根岸という田舎だった。