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わすれのこりのき

忘れ残りの記

吉川 英治

吉川英治『忘れ残りの記』。同一底本的分册已合并为一书。收入:忘れ残りの記、年譜。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 193,050 字 · 383 页

青空文庫

童戯変遷

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けれど、父が横浜へ出て来たのは、もともと、そんな志ではなかったから、ぼくが四歳の末頃にはもう家もモンキの坂とよぶ横浜石川町辺に移り、父は港町の魚市場の書記に通っていた。

童戯変遷

“始めに言葉あり”だが、個人にとっては、記憶の最初が、自分の歴史の肇めと考えるほかはない。記憶以前は、すべて個人の太古で、いわば赤ン坊の神代である。

オタマ杓子の脱皮のごとく、その神々が人間の児に化けて生涯に入る旅券を持ち、第一の記憶なるものの作用がぽつんと起る。それから神の眼でいう罪の映像がかさねられてゆき、自己と周囲の実存をおぼろな構成で脳細胞に移植してくるものらしい。

よく座談のはずみで「いったい、生れて初めての記憶といったら何だろう。幾ツぐらいから、どんな事を覚えているか」などと他愛ない話題にふけることがあるが、誰の云い出すことも必ずみなまちまちである。人間は何歳にして記憶を持つ、という定義はないようだ。トルストイの自叙伝をはじめ幼時を書いた人々のものを見てもすべてそうだ。これは、雑誌か何かで一度ひろくアンケートをとってみたらなお立証できるとおもう。

だから、非凡であろうとする思想家や文学者などは、この中途半端な起点記憶から幼時を語るのは、つまらない気がするのである。