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わすれのこりのき

忘れ残りの記

吉川 英治

吉川英治『忘れ残りの記』。同一底本的分册已合并为一书。收入:忘れ残りの記、年譜。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 193,050 字 · 383 页

青空文庫

――父がふと再起の資金を得、一たん家庭も建て直るかにみえたが、又忽ち、生糸相場や何かで元も子も失くし、再び以前にまさるどん底へ落ちてしまった、と。

ところが、その間の一年余を一足とびに少年期から青年期へ跨いでみても、ぼくの“忘れ残り”は依然、家庭の貧苦だの、労働だの苦学だので、ちっとも明るい面はなく、それに肝腎な十六、七から八へかかる年齢期を省略するのも、全体からみて何かこの辺だけをぼかすみたいでおもしろくないから、やはり順を追って変哲もない浮き沈みの経路をここでもつい書かざるを得なくなった。ぼくのかかる徒然めいた少年時代の記も、思わず長くなって恐縮しているが、ま、あと二、三章を以て結ぶつもりであるから、併せて諒恕を希っておく。

直接、両親から続木商店の主人へ、手紙でもあった結果であろうか。まもなく、ぼくは暇をもらって、横須賀から横浜の家へ帰った。家はその間、関内の尾上町二丁目に引っ越していた。大通りに面した三間半間口の店舗で、屋根看板に「日進堂」と大きく、わきに「全国諸新聞広告取扱」としてあった。

父はこの店を、前経営者の奥田某氏から顧客附き負債附きの居抜きで譲りうけたらしい。