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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
吉川英治『忘れ残りの記』。同一底本的分册已合并为一书。收入:忘れ残りの記、年譜。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 193,050 字 · 383 页
そんな母が、どうして、横浜へ嫁いで来たのか、その間の事情は、理解がつかない。父の云い方を想像すれば、仲人口などではない、見合のとき、おれの男前がよかったから、一も二もなく、おれを未来の良人と、たのもしく思って来たのだろうと、云うかもしれない。
ぼくは母似か、人いちばい、体も小さく背も低い。しかし父は背丈けもすぐれ、骨格のいい人だった。壮年の時は、部屋のかもいに頭がつかえそうなので、ふすまを開けると、ちょっと頭を低めて入る癖があった。ぼくが父に似ている肉体上の個所は、下唇の左下がりにあるほくろだけで、父のは、もっと大きかった。
とにかく、こうしたぼくの両親であり、その仲の二番目に生れたぼくは、根岸競馬場附近の、奇異なる国際的寺小屋を営んで生計とする家で、眼玉の青い外人の子や、日本の子等と、魚交じりに交じって、四つ頃まで育ったのだった。
いま考えると、わが家が、こんな雀の学校をやり初めたのは、家主の亀田氏の懇望でもあったろうが、もうひとつ、母が近藤真琴の家庭にいたことも思いつきとなる一因ではなかったろうか。多少なり、娘時代の母は、攻玉舎の塾風とか教育の愉しさみたいなものに感化されていたろうし、そして、それなら自分にも手伝えるという自信から良人にすすめ、そこで夫婦共稼ぎの気もちで初めた仕事ではないかと思われる