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わすれのこりのき

忘れ残りの記

吉川 英治

吉川英治『忘れ残りの記』。同一底本的分册已合并为一书。收入:忘れ残りの記、年譜。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 193,050 字 · 383 页

青空文庫

木靴の仲間

木靴の仲間

ぼくが横浜船渠へ通い出したのは、保土ヶ谷の仕事も終りかけ、留さんもほかへ移ってからである。看視長屋からすぐ上の高台に、宏壮な一軒があった。内藤子爵の親戚とかで、おやしきと近所では呼んでいる。

母がそこのお針仕事をさせて貰うようになったのが縁で、内藤氏の口添えで横浜船渠へ入れてもらえる事になったのである。内藤氏は、船渠会社の重役であった。

父はたいへん歓んだ。ぼくもいい口があったと思った。だが、内藤さんのお世話という事が、過大にぼくら貧者の心理に僥倖を思わせ過ぎていた。内藤氏の手紙を持って、初めて会社へ行ってみると、むずかしい試験もなく、ただ年齢を訊かれただけにすぎなかった。年齢は前以って、内藤さんから「十八歳と、ほんとの事を云ってはいけない。規則として二十歳以上だから、二十歳と云いなさい」と注意されていたので、その通りに答えた。

するとその日から、即日職場へ就かせられた。「船具部」という所である。機械部、電気部、製缶部などの各職部門では、最下級の雑役部といってよく、体さえ強健ならば素人でもすぐ役に立つ部門らしい。しいて技術的な仕事といえば、船内船腹の塗工ぐらいなもので、そのほか、入渠船舶の出し入れ、船内船底の錆落し、製缶工などの足場懸け、ドック掃除、沖仕事、およそあらゆる入渠船舶の雑役は、みな