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わすれのこりのき

忘れ残りの記

吉川 英治

吉川英治『忘れ残りの記』。同一底本的分册已合并为一书。收入:忘れ残りの記、年譜。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 193,050 字 · 383 页

青空文庫

――偶その仲間へ入ったばかりの、ぼくの菜ッ葉服などは、余りにきれいなので肩身がせまく、人知れずわざとペン刷毛で黒ペンや赤ペン白ペンなどを服地へこすりつけて、一目で新米とわかる身なりから同化しようとしたものだった。それに例外なく木靴というものを穿いていた。木靴については後で語ろう。

全員は六班に分れていた。ぼくは第六部に組み入れられた。六部の組長は猪子三郎氏といい、この人の名は忘れられない。後で思えば侠気のある物分りがいいこの組長の下なればこそ勤まったようなものである。

だが、ほかの連中も、外国船や下級船員に接したり、ハマ特有な気質に洗練されていて、どれも愉快な仲間だった。そして親切であった。ほんとは十八歳でしかないのに年を偽ってこの逞しい仲間に入ったぼくだったが、それと明らかに知っていても、ケチな意地悪などされて泣いた例は一度もない。特に六部の仲間は、自分たちが必然労力のワリを食うわけだが、皆してぼくを庇ってくれる風であった。

パイロットの乗りこんだランチが沖から入渠船を曳いてくる。ぼくらは待ちうけてロップを取り、ドックに入れる。そして閉じられた渠中の海水が電力で排水され尽し、巨大な船底が竜骨台に坐るまで約三、四時間はたッぷりかかる。