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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
吉川英治『忘れ残りの記』。同一底本的分册已合并为一书。收入:忘れ残りの記、年譜。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 193,050 字 · 383 页
自由な空想が愉しめるからである。ドックの一年何ヵ月が勤まったのは、ぼくに空想癖があった救いといっていい。そこの闇黒が苛烈なほど、自分を置く空想の世界は甘く、夕方の退けのブーが聞えてくるのも、いつの間にかのような気がした。
夜業は任意な日もあるし、強制的な時もある。
冬の夜など、乾いた事のないドックの底での居残り作業は、零下何度なのか、陸では知らない寒さだった。
しかし技師や監督も見廻りに来なくなる夜半過ぎになると、彼らは適宜に暖を取りに上がって行ったり、蝋燭の灯を寄せて、ばくちの盆ゴザを拵え始める。二個のサイコロを誰かは必ず内ポケットに用意していた。船底とかぎらず、沖仕事に出ても、途中のサイパン船上ですら、上役の眼さえなければ開帳する。
ぼくはよくその仲間から立番を命じられた。後では五銭玉ぐらいを誰かがくれる。けれど度々のうちには覗いてみたくなり、すぐ彼らの熱中する理由と丁半のルールも分った。恐々何枚かの銅貨を手にしてそっと仲間のコマと一しょに張ることも覚え、いつかぼくも機会があると人なみに顔の中へ顔を突っ込んでいた。するとある折、綽名をバテレンとも神父サンとも呼ぶ髯面の老工員が、ぼくを上眼ごしでジロと見、「よしな。