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わすれのこりのき

忘れ残りの記

吉川 英治

吉川英治『忘れ残りの記』。同一底本的分册已合并为一书。收入:忘れ残りの記、年譜。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 193,050 字 · 383 页

青空文庫

英もそう思ってくれ」と云ったりした。

唯ここに、S市へやられたカエだけが欠けていた。その後、ぼくが知りえた所では、カエを養女にやる仲介をしたのは、母が打ち明けないのも道理で、幾人かいた母の姉妹中の一人だったのである。姉妹じゅうで、その姉(――か、妹かもぼくは知らない)一人だけが、浅草の六区に住み、小料理屋か何かしていたらしいが、後に自分の娘のお和歌さんという器量よしまで店に出して、八区の端れで銘酒屋を始めていた。

カエは、養女にというよりも常識上、売られたというべきだろう。母はその話になると、浜子の前例もあるので身を顫かせて泣いた。「私は何たる馬鹿だろう」と、悔ゆるばかりだった。ぼくは或る額の貯金を心がけて、それを持って遠いS市へ出かけて行った。そして親元のY館の主人に会った。カエの身を、戸籍ぐるみ返して欲しいと頼んだのである。幸いにも、Y館の主人は夫婦とも善良そのもののような地方人だった。「……あんさんや、カエは返しても、これを御縁に、親類づきあいして下ッさい」と、云ったりした。で、以後も長年親類同様に往き来していたが、今はその家もつぶれ、その人達もみな世を去った。