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おしみなくあいはうばう

惜みなく愛は奪う

有島 武郎

「有島武郎著作集 第一輯」叢文閣、1920(大正9)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 79,397 字 · 159 页

青空文庫

これこそは愛が直接に人間に与えた愛子だといっていい。立派な音楽は聴く人を凡ての地上の羈絆から切り放す。人はその前に気化して直ちに運命の本流に流れ込む。人間にとっては意味の分らない、余りに意味深い、感激が熱い涙を誘い出す。そして人は強い衝動によって推進の力を与えられる。それが何処へであるかは知られない。ただ望ましい方向にであるのは明かに感知される。その時人は愛に乗り移られているのだ。

美術の世界に於て、未来派の人々が企図するところも、またこの音楽の聖境に対する一路の憧憬でないといえようか。色もまた色そのものには音の如く意味がない。面もまた面そのものには色の如く意味がない。然しながら形象の模倣再現から這入ったこの芸術は永くその伝統から遁れ出ることが出来ないで、その色その面を形の奴婢にのみ充てていた。色は物象の面と空間とを埋めるために、面は物象の量と積とを表わすためにのみ用いられた。そして印象派の勃興はこの固定概念に幽かなゆるぎを与えた。即ち絵画の方向に於て、色と色との関係に価値をおくことが考えつけられた。色が何を表わすかということより、色と色との関係の中に何が現われねばならぬかと云うことが注意され出した。