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おしみなくあいはうばう

惜みなく愛は奪う

有島 武郎

「有島武郎著作集 第一輯」叢文閣、1920(大正9)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 79,397 字 · 159 页

青空文庫

一九

一九

私は他を愛する形に於て凡てを私の個性の中に奪っている。私はより正しきものを奪い取らんが為めに、より善く、より深く愛せねばならぬ。自己を愛することがかつ深くかつ善いに従って、私は他から何を摂取しなければならぬかをより明瞭にし得るだろう。

愛する以上は、憎まねばならぬ一面のあるのを忘れることが出来ない、愛憎のかなたにある愛、そういうものがあるだろうか。憎愛の二極を撥無して、陰陽を統合した太極というような形の愛、それは理論的に考えて見られぬでもないことではあるが、かくの如きものが果して私達人間の生活を築き上げてゆく上になくてはならぬ重大問題だろうか。少くとも私には、それは欲求であり得る外価値を持っていない。神の世界に於ては、或は超越的形而上学の世界に於ては、かかることは捨ておかれぬ喫緊事として考えられねばならぬだろう。然しながら一箇の人間としての私に取っては、それよりも大切な事は私が愛しかつ憎むという動かすことの出来ない厳然たる事実があるばかりだ。この一見矛盾した二つの心的傾向の共存は、私をいらだたせかつ不幸にする。何故ならば、私の個性はいかなる場合にも純一無雑な一路へとのみ志しているからである。