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おしみなくあいはうばう

惜みなく愛は奪う

有島 武郎

「有島武郎著作集 第一輯」叢文閣、1920(大正9)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 79,397 字 · 159 页

青空文庫

若し彼が或る動機から、猛然としてもとの自己に眼覚める程緊張したならばその時彼は本能的生活の圏内に帰還しているのだ。だから智的生活の圏内に於ける生活にあってこそ、知識も道徳もなくて叶わぬものであるが、本能的生活の葛藤にあっては、智的生活の生んだ規範は、単にその傷を醜く蔽う繃帯にすらあたらぬことを知るだろう)。その時精神は精神ではなく、肉慾は肉慾ではない。両者は全くその区別を没して、愛の統流の中に溶けこんでしまう。単なる形の似よりから凡ての現われと同じものと見るのは、甚しき愚昧な見断である。

この一つの例は私の本能に対する見解を朧ろげながらも現わし得たではなかろうか。かくの如く本能は、全体的なそして内部的な個性の要求だ。然るに智的生活はこれとは趣きを異にしている。縦令智的生活は、長い間かかった、多くの人の経験の集成から成り立つものだとはいえ、その個性に働く作用はいつでも外部からであって、しかも部分的である。その外部的である訳は、それが誰の内部生活からも離れて組み立てられたものであるからだ。それは生活の全部を統率するために、人間によって約束された規範であるからだ。