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おしみなくあいはうばう

惜みなく愛は奪う

有島 武郎

「有島武郎著作集 第一輯」叢文閣、1920(大正9)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 79,397 字 · 159 页

青空文庫

そこには何等報酬の予想などはない。その結果がどうであろうとも愛する者は愛するのだ。これを以てかの報酬を目的にして行為を起す功利主義者と同一視するのは、人の心の絶妙の働きを知らぬものだと。私はそれを詭弁だと思う。一度愛した経験を有するものは、愛した結果が何んであるかを知っている、それは不可避的に何等かの意味の獲得だ。一度この経験を有ったものは、再び自分の心の働きを利他主義などとは呼ばない筈だ。他に殉ずる心などとはいわない筈だ。そういうことはあまり勿体ないことである。

愛は自己への獲得である。愛は惜みなく奪うものだ。愛せられるものは奪われてはいるが、不思議なことには何物も奪われてはいない。然し愛するものは必ず奪っている。ダンテが少年の時ビヤトリスを見て、世の常ならぬ愛を経験した。その後彼は長くビヤトリスを見ることがなかった。そしてただ一度あった。それはフロレンスの街上に於てだった。ビヤトリスは一人の女伴れと共に紅い花をもっていた。そしてダンテの挨拶に対してしとやかな会釈を返してくれた。その後ビヤトリスは他に嫁いだ。ダンテはその婚姻の席に列って激情のあまり卒倒した。