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おしみなくあいはうばう
惜みなく愛は奪う
有島 武郎
「有島武郎著作集 第一輯」叢文閣、1920(大正9)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 79,397 字 · 159 页
ダンテはその時以後彼の心の奥の愛人を見ることがなかった。そしてビヤトリスは凡ての美しいものの運命に似合わしく、若くしてこの世を去った。文献によればビヤトリスは切なるダンテの熱愛に触れることなくして世を終ったらしい。ダンテの愛はビヤトリスと相互的に通い合わなかった(愛は相互的にのみ成り立つとのみ考える人はここに注意してほしい)。ダンテだけが、秘めた心の中に彼女を愛した。しかも彼は空しかったか。ダンテはいかにビヤトリスから奪ったことぞ。彼は一生の間ビヤトリスを浪費してなお余る程この愛人から奪っていたではないか。彼の生活は寂しかった。であった。然しながら強く愛したことのない人々の淋しさと比べて見たならばそれは何という相違だろう。ダンテはその愛の獲得の飽満さを自分一人では抱えきれずに、「新生」として「神曲」として心外に吐き出した。私達はダンテのこの飽満からの余剰にいかに多くの価値を置くことぞ。ホイットマンも嘗てその可憐な即興詩の中に「自分は嘗て愛した。その愛は酬いられなかった。私の愛は無益に終ったろうか。否。私はそれによって詩を生んだ」と歌っている。
見よ、愛がいかに奪うかを。