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わがやのらくえん
我が家の楽園
久生 十蘭
「オール読物」1953(昭和28)年1月〜6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 90,195 字 · 175 页
ミスタ・ワニ
一
「鎌倉のなにやら氏の家は、ひどいボロ家だったそうですが、根太からぶちなおして、モデル・ハウスのような立派な洋館になっているそうです……明日は日曜だから、みんなで出かけて行って、実物を見てみたらどうです。またちがった意見が出るかもしれないな」
神の声が、そうおっしゃった。
それで、石田氏夫妻、長女、次女という組合せで、ともかく行って、実物を見てくることになった。
ミスタ・ワニ
一
石田氏と百々子が寝ている六畳の襖を、千々子さまがホトホトと叩く。
「ハイヤーが来ますから、起きなさいね」
「ハイヤーが、どうしたって?」
「市兵衛町へ行くんでしょう、忘れたの?」
わが家の楽園のある向山町は、目黒と境を接する渋谷のどんづまりで、空襲で焼けたあとへ、簡易住宅とバラックが、西向きやら東向きやら、てんでの方角へ入口を向け、櫛の歯のようにひしめきあっているので、家と家の間には道らしい道もない。道幅のある恵比須の通りへ出るには、よその家の庭を横切ったり、勝手口を跨いだり、二尺ほどの狭い庇合いを、身体を横にして擦りぬけたりするような芸当を、ものの十五分もやらなくてはならない。わが家の楽園は、そういうややこしい迷路の、奥のまた奥にあって、物見高い訪問者を避けるには恰好の地になっているが、とてもハイヤーなんか、辷りこむセキはないのである。