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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
私は私で恰好のつくまで立っていなければならないし、話がもとに戻るまでには時間がかかったのだ。その時間にある親しさは作り上げることも出来ないし、こわすことも出来ない濃度のある親密感であった。だから、留守の時は却って気楽そうであり、そんな折に外から私が帰って来ると、団欒の破壊者のように思えたのだ。
立原道造は、顔の優しいのとは全然ちがった、喉の奥から出る立派な声帯を持っていた。話し声や笑い声はすでに大家の如き堂々たる声量を持っていて、時々、私はその立派やかな太い声に、耳を立て直すことがあった。或日庭を掃いて如露で水を打ち、茶の間に上ろうとして手を洗ったが、庭羽織と称する古羽織を着用に及んでいて、その羽織は泥もついていたし、裾の方で手を拭いてもよいことになっていた。私がそれでぬれた手を拭いていると、突然、立原は威厳のあるおやじのような声で叱って言った。
「羽織で手を拭いてはいかん。」
私は面白そうに笑って言った。
「これは庭羽織という奴で、手を拭いても宜いことになっているんだ。」
「そうですか。僕はまたそんな事はいかんと思ったのですよ。」
と、立原は例の大家の声音で、あはは、と笑った。