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わがあいするしじんのでんき

我が愛する詩人の伝記

室生 犀星

北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页

青空文庫

山村暮鳥

を発行、文学への開眼その他に於て兄秀夫に拠るところ多し。

昭和八年七月姉道子を喪う。この悲しみは彼に詩への奥深きところに誘いを得るに似たり、同時にまた一少女昌子を識る。後に妻に貰う。

昭和九年詩誌『四季』同人となり三好達治、丸山薫、堀辰雄、立原道造等を知り、詩の新人として見られるに至る。

昭和十年十一月処女詩集『愛する神の歌』を自費出版。

昭和十一年室生犀星の媒妁にて茅野蕭々養女昌子と結婚、以後、夏は軽井沢を中心に信濃で暮らしていた。詩に信濃ものが多いわけである。

昭和十四年十二月秀松博士を喪う。

昭和十七年十二月アディスン氏病にて聖路加病院に入院。

昭和十九年六月二十七日北鎌倉の家で、津村信夫は三十六歳のみじかい生涯を終った。彼を想うても決して暗い感じがなく、いまもなお和々として対座するに似ている。多磨墓地には父秀松、姉道子と倶に第八区2側5番地に、墓地という町つづきの一軒に住んでいる。……

山村暮鳥

大正の初め頃は、現今のように沢山の雑誌は発刊されていなかったが、それでも、毎月の雑誌発行の数は私達文学青年には、毎月新しいぎょっとした衝撃を与えた。