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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
前橋出身の剣士はいった。とにかく山村と結局われわれは一緒になることになろう、違うところは違ってもぶらぶらしているのは、われわれ三人ということになる、おめえは叩き斬るというが、却って叩き斬られるかも知れないぜ、変に憂鬱に黙りこんで物もいわないで眼配りばかり油断していないのは、温和しいくせもので、手に負えない奴かも知れないのだ。
そのうち暮鳥は平仮名の詩を書き出した。全篇悉く平仮名を用い、硬苦しい素材を柔らかく盛ろうとする行き方であった。平仮名の詩をかくということは、一種の行き詰まりを意味するものであって、大ていの詩人はそこに一度ははいり込んではみるが、平仮名ばかりの詩のもの足りなさ、しまりのなさ、そして何処かばかばかしい遊びに似たものから、直ぐに離れたくなるのだ、何だか自分のちからが尽き、ひらがなの列ががたがたに崩れるのを見て、ここにも、うかうかしていられない焦りを感じるものであった。併し暮鳥はそこでとうとう坐りこんで、ここにも自分の行き方があるのかと、却って展がる才能さえ見出したくらいであった。私は萩原にいった。あれは少数の詩に限っては効果はあるが、平仮名詩で打ち通す気はないだろう。