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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
というのが、てれかくしで、よび好いためなのであろう。
百田宗治はしかし同棲十年で、このしをりさんとついに別れた。別れた後の何年かに、私は駒込駅で彼女にゆきあったが、老けた悲しい化粧姿が、つい私に深く帽子を脱がせ、丁寧に頭をさげさせた。私は彼女の老いに対して世にも物しずかに挨拶をしたのである。彼女と百田との間ではよく話し合いがついて別れたが、彼女は長唄の師匠をして世を遠のいてくらしていたらしく、気性に向いた暮らしをするために、何軒かの大阪にあった長屋を処分したとか聞いていたが、明治から大正にかけた婦人の片鏡のような人で、いまは斯様な優しいおばさんは滅多に見ることは出来ないのであろう。
何年か前にどこの誰にきいたのか覚えていないが、このあんたはんは、別のよい人につき添われて亡くなったことを仄聞した。その時の感銘は墓石に映るいたいけな花のようで、少時その石のおもてから眼を離さずにいたい気持だった。
触目
ひとりで生き、この世を観
この世の雨の音をきき
そしてまた死んで行つたとしても
何者をこの世に残さなかつたとしても
それだけで沢山ではないか
かすかな薄日を落しただけで