轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
萩原も千家も物事に無頓着である、という点である。大抵の事は鼻先であしらい、すぐ心の閃めきを現わさない点、自分というものを信じ切っているために、他人の事にすぐには賛成も否定もしないところの、どうにでもしていろと言う奥のことばを何時も持っている点では、似ていると思った。ありふれた様子で何気ないふうのもので、千家という人はその顔を誰の前にでも突き出してあははと無邪気に笑って、少しも濁り気を感じさせないのである。萩原も実にそんな気取りのない調子を続けて、人に接していた。自分の持っている偉さを手加減して盛り上げて見せることは、絶対にしないのである。千家と萩原とはその点で酷く似ていた。
千家元麿の詩にはその生活に無頓着さがあっても、すぐれた作品には澄んだものがあった。その耳の澄み方、心の澄み方というものが、彼の詩の蔭に沈み切っている。ふだん、よろよろとだらしなく見える彼も、作品のうえで別の人のおちつき、感動、ひらめきを見せているのである。それに千家は散文の体らくで詩を書きながして行き、しばらく感動をおさえて、表現の諸用式を考えるということをしない、ながれが滑らかになると、それに乗ってつい書きながして了う方である。