轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
島崎藤村
死後の詩集『千家元麿詩集』昭和二十四年一燈書房発行、武者小路実篤編纂、梅原龍三郎、中川一政装画。
島崎藤村
或る夏の終りに、藤村は軽井沢の町端れにある近藤という人の別荘に、仕事をしあげるために泊った。この別荘はうしろに小さい山を負い、庭木もゆたかで流れを引いてあったが、日光に乏しく、うしろ山の冷気と、邸内のひややかな湿気はきびしい、藤村は火桶にあたって、しきりに寒がり、持参の原稿紙もひろげないで落ち着かないふうであった。
この別荘を世話してくれた山崎斌に、どうにも冷えて困るといって二晩泊ると、この縁のない土地を去った。山崎斌には是非軽井沢に行きたいと年来の頼みであったのに、気の永そうな藤村は、殆ど面白くなさそうに素気なく立って行ったのである。
食事は向いの旅館からはこんでいたが、そのお給仕役には、鶴屋旅館で仕事をしながら勉強をして産婆の試験をとったお千代という、温和しく品もある人が出ていた。彼女は何年か前に藤村が宿泊した時にも、身のまわりを女中にはさせないで、気をつけて自分でつとめていた。その折、彼女は色紙を持って座敷にあがって、何かお書きを願えないでしょうかと端的に言ったが、藤村はこのつぎに泊る機会があったら書こうと約して、そのまま出立してしまった。