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わがあいするしじんのでんき

我が愛する詩人の伝記

室生 犀星

北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页

青空文庫

椰子の実

名も知らぬ遠き島より

流れ寄る椰子の実一つ

故郷の岸を離れて

汝はそも波に幾月

旧の樹は生ひや茂れる

枝はなほ影をやなせる

われもまた渚を枕

孤身の浮寝の旅ぞ

実をとりて胸にあつれば

新なり流離の憂

海の日の沈むを見れば

激り落つ異郷の涙

思ひやる八重の潮々

いづれの日にか国に帰らん

藤村は二十六歳で処女詩集『若菜集』(明治三十年刊行)を出したが、北原白秋の『邪宗門』を出した年齢より遅れ、三木露風は二十二歳くらいで『廃園』を出版しているのに較べるとやはり遅い、しかし当時二十六歳で最初の詩集を刊行しているのは、全般的に見て早い方である。第四詩集『落梅集』が明治三十四年に出ていて、当時、藤村は三十歳であった。私の処女詩集発刊は二十八歳くらいで、ここまで考えて来ると、処女詩集は大抵の詩人は三十歳前に出していることが判る。

藤村が散文や小説に転換したのも、同時に三十歳前後だった。大家らしく新進らしい妙な手堅い地位を持った彼は、雑誌新聞にどっしりした感じの量感をあたえ、吹っ飛ばしても飛ばない重さが見られた。どこからこの重いものを学んだかは、自らやたらに書いてはならぬと覚っていたからである。