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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
その生涯の大きさと正実とをくしくも理想として抱いていたかれは、過失なくその大きさと逞しさ、その上に、こまかい鋭い人格完成をなしとげたのであるが、見世物の群衆はどんなわけからか彼の周囲に集まり、わいわい騒いだのであろうと私は思った。それは死んだ妻を恋うという一つの日本人が控え目にしていた現われを、光太郎は最後まで隠さなかったからであった。われわれ日本人は妻との情事はいつも死後も、これを草ふかき土中にうずめて悲しんでいた。ひとの前で語るべきではないという太極の上に立っていた。
光太郎の死は巨星墜つということばどおりのものを、私に感じさせた。巨星墜つというばかばかしいことばが、やはりかれの場合ふさわしく、それだけ私は依然距たりをおぼえていたのだ。巨星は映画演劇におもちゃにされたが、依然見事に聖人高村光太郎にびくとも影響をあたえていないし、そのために彼を軽く見るという境にまで行きつかなかった。そして空騒ぎが済むとかれら興行師のともがらは、騒ぎをしずめて去って行った。私は人の生き方のまじめさ、性質にある善意識の透明さを、ずっと昔に感じたそれを、いままた残念ながら魅せられ新しくされた。