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わがあいするしじんのでんき

我が愛する詩人の伝記

室生 犀星

北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页

青空文庫

或る金持ちの男は妻の一生食えるだけの有金を渡して、やっとこさ別れた。そして彼は一文無しになって気がつくと、明日から何をして食って行ったらいいかさえ判らない、けれども彼の本心はただ別れたい一心があったのだ。だがわが萩原朔太郎はなんの苦もなく、先きの妻に金をあたえ、あとの妻は妻の方から出て行った。そのあとの妻の君は私に後に萩原ほどいい人はいないと、別れたあとでもよくいらっしゃるし、わたくしもお机を出してお仕事をすると仰有れば、夜はおそくまで好きなようにおさせしていましたと言った。では何故お別れになったのだと聞くと、なにぶんにも人物がぐにゃぐにゃなところがあって、可愛がってくださるのやら、そうでないのやら、一向たよりになろうとしても、たよれなかったと彼女はぐにゃぐにゃが主な原因だといっていた。もっともわたくし自身あまりにも若かったからと言い添え、いまなら別れはしなかったでしょうと萩原死後十年目に、彼女は二十七歳の若さで五十何歳かの萩原と結婚したが、当時はまだコドモで何にも知らなかったからと、その別れを彼女は私を訪ねて来てくやしがっていた。彼女は東北の大きな酒造家の令嬢で、萩原は見合いに行って肝じんの見合いの人よりも、お茶を持って出た彼女の方が美しかったので、あべこべに求婚したのである。