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わがあいするしじんのでんき

我が愛する詩人の伝記

室生 犀星

北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页

青空文庫

そして彼自身の『古代研究』を加えて、釈迢空はその生涯のあいだに、博士論文を二度も書き上げた人であった。学問というものが身内に溢れているような人、しかも迢空の学業は何時もお菜を作るような愉しさで、終始されていたように思える。学問というものは私に面倒千万な気にならせていたが、好きでいじくれば詩歌をいじくるのと大して違ったものではない、いや、それは違うというなら学問にカブトを冠せた言い分であろう。学問が愉しくなかったら誰も博士号なぞ、ご苦労にもとる人はいないはずだ。私も博士という人達はえらい人達ばかりだと思っていたが、それだけの学位がとれるような人は、そんな博士号なぞいらないであろうし、くれても、そんなに飛びあがる程嬉しくないのであろうと思った。

折口家では殊に迢空不在中は、よその客からの贈り物は、一さい取ってはならぬ事になっていたらしく、女中さんはそれを厳しく言い渡されていた。

ある年の春、私の家で雛祭の日に赤飯を炊いたので、遠い大井まで娘は歩いて、赤飯をとどけに行ったが、迢空不在で、手剛く断わられて娘はすごすごとまだ温かいお重をかかえて、戻って来た。