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おうぎの
扇野
山本 周五郎
「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,727 字 · 67 页
彼は師の横井宗渓をおもいだし、伴れられて飲んだ居酒屋の暗い土間や、岡場所のうす汚ないあばずれた女たちのことをおもいだした。
――いまどうしているだろう。
栄三郎が角屋の世話になるようになってから、宗渓は彼と師弟の縁を切った。理由はなにも云わなかったが、栄三郎の絵が自分のものより高く評価されたことに、がまんがならなかったようである。そんなめめしい人なら、と栄三郎もさっぱり出入りをやめた。その頃は若いさかりで、自分の絵のこと以外には関心がなかった。宗渓がどんな気持でいるかなどということは考えてもみなかったが、三十歳の声を聞いてから、ふと胸に疑いが起こり、にわかに師に逢いたくなりだした。
――師弟の縁を切ったのは、じつは自分の将来のためを思ったからではないだろうか。
仕事のうえの嫉妬ではなく、それまでのじだらくな遊蕩や、酒浸りの習慣から縁を切って、すべてを絵にうちこませるために、わざとそんなふうに邪険なことをしたのではないか。栄三郎はそう思いはじめ、すぐに師のゆくえを捜したが、宗渓は元の住居をひき払ったままで、どうしても所在がわからずじまいであった。
――どこでどんなふうに暮しているか。