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おうぎの

扇野

山本 周五郎

「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,727 字 · 67 页

青空文庫

六

道はすぐ登りになった。

六

おつるの案内した処はその山の尾根であった。松と雑木の林をぬけたところが、かなり広い草原になっていて、平ではなく、ゆるい傾斜をなしているが、疎らに灌木や芒の茂っている間を、細い山道がうねりながら向うへ延びている。左側に松林と海さえ見えなければ、広い野道の一部という感じが充分にあった。

――悪くはない。

栄三郎はそう思って、汗を拭きながら眺めまわした。

「此処ですけれど、いかがですか」

「結構だ、よさそうだよ」

彼はそう云って、袂から女持ちの扇子を取出して、おつるに渡した。

「あらいやだ、これあたしのよ」とおつるは驚いたように云った、「どうしてこれ持っていらしったの」

「忘れていったんだろう、ゆうべ座敷に落ちていたんだ」

「これをどうするんですか」

「向うへ歩きながらね」と彼が云った、「それをちょっとひらいて、向うへ歩きながら、草の上へ落してもらいたいんだ」

「草の上へ落すんですって」

「そう、ただぼんやりとね、どこでもいい、しぜんに落すような気持で、なんにも考えずに落してみてくれ」

おつるは恥ずかしそうに頬笑み、「できるかしら」と呟いて歩きだした。