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おうぎの

扇野

山本 周五郎

「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,727 字 · 67 页

青空文庫

「私が江戸へ帰るときは」と栄三郎が云った、「おつるもいっしょにゆくんだよ」

おつるは握られている手を放そうとした。栄三郎は放させなかった。おつるはなにか云おうとして、彼から眼をそらした。

「もう絵もあがるし、いい機会だから今日は云ってしまうが」と栄三郎は続けた、「私はもうずっとまえからそのつもりだった、二人は結婚するんだ、角屋の主人に仲人になってもらって、ちゃんと祝言をして」

「だめ、だめ、そんなことできやしません」

「できなくってさ、私はなにもかも知ってるんだぜ、おまえには旦那も子供もない、おっ母さんと姉さんたちに仕送りをしているだけだっていうことを、まあいいから聞けよ、私たちが、江戸へいっても小浜への仕送りは」

「いいえだめ、待って下さい、それはだめなんです」

「だめなことはないよ」

「いいえだめなんです」おつるは喘ぐように云った、「あたしのことはたぶんおさとちゃんからお聞きになったんでしょう、あのひとはそりゃあたしのことはよく知っています、けれどすっかり知っているわけじゃありません、こういうしょうばいにはいろいろな義理が重なって、どんなに仲の良い友達にも話せないことがたくさんあるんです」