轻松读懂日语经典作品
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おうぎの
扇野
山本 周五郎
「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,727 字 · 67 页
「私にも話せないというのか」
「堪忍して下さい」おつるは唇で笑った、「誰のちからでも、どうにもならない義理があって、あたしこんど、本当に、人の世話にならなければならなくなりましたの」
「――人の世話に」
栄三郎は、あっという眼をした。
「ね、堪忍して」とおつるは続けた、「初めから旦那も子供もいるつもりだったでしょ、あたしの云ったことが本当で、おさとちゃんの話は嘘だったと思ってちょうだい」
「――本当に、人の世話になるのか」
「ええ、落籍されることに定ったんです、それでこんどこそもう、おめにかかれなくなるから、今日むりに此処へ伴れて来て頂いたんです」
「それで」と栄三郎は握っている手を放した、「――それは、もうどうにもならないのか」
「これだけは、もう、どうにもなりません」
「なんにも後悔はしないんだな」
「あたしの魂はあの絵の中に残るもの」とおつるは明るい口ぶりで云った、「心をこめて落したあの扇子が、あなたの絵の中に残るんですもの、本望だわ」
栄三郎はじっとおつるをみつめ、それから囁くようにもういちど訊いた。
「本当に、どうにもならないんだな」
おつるは頷いた。両端の切れ上った唇をいっぱいにあけた笑い顔で、上眼づかいに彼を見返しながら、はっきりと頷いた。