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しゃよう
斜陽
「新潮 第四十四巻第七号~第十号」1947(昭和22)年7月1日~1947(昭和22)年10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,822 字 · 176 页
「そう。そんなら、会計は、あなただ」
「足りないかも知れませんわ」
私は、バッグの中を見て、お金がいくらあるかを上原さんに教えた。
「それだけあれば、もう二、三軒飲める。馬鹿にしてやがる」
上原さんは顔をしかめておっしゃって、それから笑った。
「どこかへ、また、飲みにおいでになりますか?」
と、おたずねしたら、まじめに首を振って、
「いや、もうたくさん。タキシーを拾ってあげますから、お帰りなさい」
私たちは、地下室の暗い階段をのぼって行った。一歩さきにのぼって行く上原さんが、階段の中頃で、くるりとこちら向きになり、素早く私にキスをした。私は唇を固く閉じたまま、それを受けた。
べつに何も、上原さんをすきでなかったのに、それでも、その時から私に、あの「ひめごと」が出来てしまったのだ。かたかたかたと、上原さんは走って階段を上って行って、私は不思議な透明な気分で、ゆっくり上って、外へ出たら、川風が頬にとても気持よかった。
上原さんに、タキシーを拾っていただいて、私たちは黙ってわかれた。
車にゆられながら、私は世間が急に海のようにひろくなったような気持がした。
「私には、恋人があるの」