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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
11 第十一分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 186,659 字 · 372 页
膝づめに、こう問い寄られて、家康はやっと顔を上げた。そして、わざとらしい長大息をしながら云った。
「佐々どの、遅いわ。……事すでに遅しじゃ。ひと足、遅かったわい」
「なに、なんと仰せられる」
成政は、顔いろを変え、
「……遅かったとは?」
と、にわかに、せきこんで、髯面を突き出した。
家康は、かれの鋭い眸を外して、また、努めて、穏やかに、説明した。
「つい先頃の十一月十一日。北畠殿には、この家康にも計らいなく、突然、伊勢の矢田川原にて羽柴殿と会見をとげ、事にわかに、和睦を約してしまわれたのじゃ。……何と、家康のうつけたる面目かよ。佐々どの。察しられい。――遅いと申したのは、御辺の才覚も親切も、いまは後の祭りだということじゃ」
「えっ!」
成政は、足もとの大地を失ったような、大げさな驚き顔をして――
「で、では……秀吉と信雄卿とは、すでに和を結んで、小牧の役は、双方、兵をひかれたのでござるか」
「されば、事は終った」
「して、御当家と、秀吉とは」
「もとよりこの家康は、羽柴どのに対して何の怨みもあるわけではない。ただ北畠殿のおん頼みもだし難く、義をおもうて、御加勢申したまでなるを、その信雄卿が羽柴どのと手を握られたとあれば、めでたい――と申すほかはない。