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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

11 第十一分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 186,659 字 · 372 页

青空文庫

おぬしのことばは、うれしく聞くが」

「では、どうしても、岡崎を立ち退かるるお覚悟ですな」

「……ぜひもない」

霜も交じえた鬢の毛を燭に見せて、数正は、がくと、項を折るように俯向いた。

「伯耆どの。お恨みにぞんずる。……な、なぜ、決意の前に、こうぞと、ただ一言でも、それがしにお洩らし下されなかったか」

真に、それが恨みとするように、伝右衛門は歯の根を噛むように、心の友の、心をなじった。

(おぬしをのみ、ただ一人の知己とのみ、数正は思うておる)

とは、その数正の口から、この春、正月の酒を共に酌み交わしたときもいったことばではないか。

その後も、この岡崎城を、数正は城代の主将に、伝右衛門は二の丸の副将に、選び任ぜられた時も、

(君だけが、心の友)

と何度、自分にいったか、知れないではないか。

それなのに――と、初鹿野伝右衛門は、数正が、これほどな重大決意を、事前、打ちあけてもくれず、岡崎を立ち退かんとしているのを――不満でならなく思うのだった。

二人の間は、決して、一朝一夕の、交わりではない。

伝右衛門は元々、武田家の旧臣なのだ。外様も外様、敵国の降参人として、家康の臣列に加えられ、爾来、幾戦場の試しと、平時の居づらさや、同藩の猜疑などにも耐えて、ようやく近頃、重用されてきた者なのである。