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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
11 第十一分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 186,659 字 · 372 页
――世の流転のはげしさ、栄華のはかなさ、人心のたのみなさ、なべて、かたちのあるものの泡沫にすぎない浮き沈みであることを、余りにも、かれは見てきた。
かれが、畢生の心血をそそいで描いた、安土城内のたくさんな作品は、もう一つも、見ることはできない。一朝の兵火に、ことごとく、灰となっているではないか。
父の松栄、祖父の元信、家祖正信などの作品にしても、みなそうだ。室町御所をはじめ、公卿の家、武将の城、寺院などに遺した作品のあらかたはみな一つの運命になり終っている。
「のう、山楽」
「先生。なにか、およびでしたか」
「日ごと、そちと共に、大坂城のおふすまを描きには通うておるが……。権門の壁に生涯の業をそそぐのは、時にふと、味気ない気がしないでもないのう」
その日も、狩野永徳は、弟子の山楽をつれて、大坂城内の金碧のふすまに、終日の労作を終えて、帰ったところだった。
召使の少女と老婆にねぎらわれ、行水を浴び、食事をし、ぬれ縁に坐って、手入れもろくにしない自然なままな庭さきの打水に、ほっと、心を放つと共に、おもわず日頃のおもいが、弟子の山楽にむかって、口から愚痴のように出たのであった。