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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

「悠長なやつ」

と、ふじヶ根の味方には、あきれ顔もあったが、

「いや、馬の脚を冷やしているところを見ると、よほど、あなたこなた、湿地、山坂をかまわず、駈け飛ばした揚句にちがいない。――もう帰るのだろう」

と、その大胆さに、感嘆する者もある。

池は、敵の目の下だ。バシッ、バシッと、魚のはねるような白い飛沫が立つのは、その敵が、かれを狙撃している逸れ弾にちがいない。にもかかわらず、菅沼藤蔵は、やがて池へむかって、悠然と、放尿していた。

すむと、それで一息やすめたとみえ、すぐ馬の背に返って、駈け出した。しかし味方のほうへではない。いよいよ深い敵地の中へ。

折ふし、勝入の子息紀伊守が、六千の兵をもって、田ノ尻へ移動したときなので、その陣容が成るのを待ち、菅沼藤蔵は、そっちへ駈けて行ったのである。

偵察は密なるものときまっているが、この時のかれは、公々然と、敵の左翼陣の前を駈けぬけ、さらにまた、右翼の陣容をグルグル見てまわった。

もとより田ノ尻の池田勢も、気がついていたものの、

「オヤ、変なやつが通る」

「何だろ。あいつ」

「敵じゃないか」

「敵かしら。ただひとりで」