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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
10 第十分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页
さむらい奉公のしきたりがある。武家やしきに住み、さむらいの飯をたべ始めてから数年、或いは何十年のしつけのうちに出来ているものだった。厩の小者から、草履取の端まで、
(さあ、御奉公のしどころが来たぞ)
と思うだけなのだ。
こういう主従関係は、武家社会の定則で、どこの家にはあり、どこの邸にはないというものではない。もとより主人の日頃の人づかい如何にもあるが、さむらいを志して、武家を主人に持つ以上、それと同時に、無言の奉公証文を主人に入れている気持は、足軽小者の末にもみなあったことなのである。
いまは、大坂城という大きな家の主になっているが、その秀吉が、弱冠十八、名もまだ日吉といっていた頃、数年放浪の果て、郷里の庄内川の畔で、当時の若い城主織田三郎信長に近づき、いきなり馬前にとび出して、
(さむらいになりたいのです、わたくしをつかって下さい)
と、哀願したとき、信長が、日吉にたずねた一言は、
(汝は、何の能があるか)
ということだった。そのとき、日吉が答えたには、
(何の能もございませぬが、ただ、事ある時には、死ぬことだけを、習い覚えておりまする)
というたという。