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しんさいゆうき

新西遊記

久生 十蘭

「別冊文藝春秋 第十九号新春小説集」1950(昭和25)年12月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,654 字 · 52 页

青空文庫

神戸を出発する前日、友人に、「ぼくは身体も弱いし、臆病でもあるしするから、ひとのやるような無理はしない。ひとが十七年でやるところを、ぼくは三十年でも四十年でもかけてやる。死ぬまでにやれたらいいと思っている」といっている。

玄奘三蔵が印度からお経をとって帰ったことが頭にあるので、玄奘でさえ十七年もかかるのだから、自分のような凡くらは、死ぬまでにやればいいほうだという意味だったのだろうが、この一言は、はしなくも自分の運命を卜したことになった。スタンダールの「赤と黒」のジュリアン・ソレルは、郷里を飛びだすとき、聖水盤の血を見たり、偶然、ある男の死刑執行の新聞記事を読んだりする。それらはみな運命の前兆だったのだが、智海の心霊も自分の運数を深いところで予知していたのかもしれない。

六月一日にカルカッタに着くと、智海はすぐ汽車でダージリンへ行った。ダージリンはブータンの国境に近い一万四千尺の高地にある避暑地で、すぐむこうにカンチェンジュンガが頂を雲のなかに突きいれ、巨大な氷の柱のように立ちあがっているのが見えた。ほかに目的があるわけではないから、率直に訪問の素志をのべると、チャンドラはなんともいいようのない表情で、しばらく智海の顔を見まもっていた。