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にちにちへいあん

日日平安

山本 周五郎

「サンデー毎日臨時増刊涼風特別号」1954(昭和29)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,297 字 · 56 页

青空文庫

疲れきって、空腹で、死ぬほど眠いにも拘らず、菅田平野は高邁な感情に包まれていた。精神もすがすがしく、爽やかであった。もっとも腹の中のことはべつである。腹の中では(もうずっとまえから)まったく違う声が彼を非難していた。

「くうくうくうこの虚栄心の強い偽善者め」とその声は云うのであった。「きさま空腹のあまり切腹のまねまでしたじゃないか、なにが侍の良心だ、きさまは充分に役立ったし、仕官は確実に眼の前にあった、くうっ、くうっ、さあ戻れ、すぐ十郎太のところへ戻れ、仕官するのが照れくさいのなら約束の金だけでも借りろ、あの男の紙入の中にはおまえに約束した金があるんだ、さあ戻ってゆけ」

「頼むから戻ってくれ、お願いだから」と腹の中の声は続けるのであった、「こんなに空腹で無一物でどうするんだ、おれはいやだぞ、こんなに腹ぺこでなにが高邁だ、おれはいやだ、いやだいやだいやだ、やいこの……なにか食わせろ、やいなにか食わせろ」

菅田平野は唇を曲げて立停った。頬が痒いので手で擦ると、乾いた泥がぽろぽろと落ちた。彼は自分の躯を眺めまわし、半ば乾いた泥まみれの、古びて継ぎはぎだらけの着物や袴を見、やはり泥だらけの素足にはいた、古下駄を見た。